痛みと不安                   

人間や動物が生きていけるのは、痛みという感覚があるためであり、もし痛みがなかったなら、肉体は直ちに使用不可に陥いるでしょう。
痛みとは肉体を防御し生存するために必要なものであり、それが子孫繁栄に繋( つな )がっていく重要な身体機能の一部ともいえます。

身体が痛みを感じなければ、すべての筋肉やじん帯が断裂して、関節はガタガタになり肉体は動かなくなるのです。また内蔵の異状にも気づきませんから、病状が一気に進み生命の維持が不可能となり、肉体は朽ち果ててしまいます。

痛みは脳の神経細胞に伝わり、その痛みを感じとるのは魂なのです。
魂が痛みを感じるのは、肉体の五感を通してだけであり、肉体を守るための処置法を取ることになります。魂は頭脳を通して得た経験を記憶しており、生まれてからの全知識の中から、最善の処置法を選ぶでしょう。

痛みがあるから肉体は生きていけるのであり、人間や動物にとって最も大切だということが、お分かりいただけたでしょうか。
痛みは皆さんを苦しめるためだけではなく、肉体を危険から守り、生命を維持しようとしているのです。嫌われながらもその役目を果たしている痛みは、私達が生きていくために決して欠かすことができません。

また、痛みは皆さんの肉体を守るだけではなく、魂を磨くことにも役立っており、人間を成長させる貴重なものでもあるのです。
皆さんが耐えられないほどの痛みは実際にあるものではなく、想像で痛み感覚が膨れていくのであり、それは不安感が強まるからです。
次にその「不安」に付いて述べてみましょう。

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人間や動物に宿っている魂には無数の感情が、生まれたときから潜在感情として隠されています。それが学校や社会の影響で、潜在感情は捻じれたり、曲がったり、ゆがんだりして、変化をしていくことになります。そしてその変化した感情は、顕在感情として新たに記憶されていくことになり、その顕在感情で皆さんは生活をしているのです。

魂は不安という感情を持っておらず、恐怖という感情が変形していったのが漠然とした恐怖、すなわち不安なのです。しかし不安と恐怖とはまったく異なっているのです。

仮にあなたが普通の恐怖をおびた時には、瞬時に手足の筋肉の血流がよくなり、逃げやすくなります。

しかし、とんでもない今までに遭ったこともない恐怖が、一瞬に襲ってきたら身体は凝り固まります。これは魂が逃げるか、隠れるか、反撃するか、とにかく生き延びる手段を瞬時に判断する時間なのです。その間は動けないのです。それから決断どうりの行動を取ることになります。
ですから、そこには不安というものが入ってくる隙間はありません。

また、他の方法で不安が生じることがあります。
それは皆さんが持っている人格の高さによって、相応しい低級霊が憑依してくるからです。その低級霊は、生前に経験した病気に対する恐怖や不安、そして死に対する恐怖や不安をもっています。この顕在感情を持ったまま亡くなっていますから、その不安が憑依している人に、浮かびあがってくるのです。

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